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2002年11 月 からの 10 記事

2002年11 月27日 (水曜日)

転機

 以前話していた、東北・北海道の仕事が流れた。これで寂しい年越しとなりそうだ。

 と、いうことで、時間はたっぷりできたので、いよいよ"Tonomi(無印)"<http://www.tonomi.com/>のリニューアルに手をつけることにした。
 表示関係など基幹部分のPerlスクリプトは、"Tonomi Jetty Park"<http://www.tonomi.jp/>やこの"かみぃの丘"<http://www.tonomi.jp/kammyhills/>で、ほぼ満足のいくものができあがっているので、肝心の表示内容を考えることにした。
 だがそのうち、ちょっと欲が出て、時間もあることだし次期"Tonomi"は最近気になっていたPHPスクリプトで書いてみようと思い立った。
 ネット上の資料なんかを調べると、Perlをほどほど使いこなしているKammyにはPHPを習得することは比較的容易そうだ。おおざっぱにリファレンスに目を通すと、現在のPerlスクリプトをPHPに移植するのも何とかなりそう。ただ気になっているのは日本語の処理部分。これを現状のPerlスクリプトと同様のことができないようなら移植は無理だろう。
 そういうわけでPHPの勉強に本腰を入れるべく、今日、ヨドバシカメラでちょっと分厚い解説書を買ってきた。
 とりあえずの入門書としては、すらすら読める。基本的なスクリプトはすぐに書けるようになりそう。あとは文字コード関連をどうするかだ。これのめどが立ったら、いよいよ移植に取り掛かるつもり。

 と、ここまで書いておいてなんだが、実はこの解説書を買った直後に別のルートから仕事が入った。ドラマではなくVP。
 12月は仕事だ。これで年が越せる。

2002年11 月24日 (日曜日)

激動の船出

 予告通り、昨日開催した『とのみ倶楽部』第一回撮影会の報告をば。
 掲載している写真は、長方形のものがDiMAGE F100による撮影。正方形はJ-SA51で撮った写真を加工したもの。
 なお『とのみ倶楽部』としては、後日“公式サイト”を別に開設する予定で、そちらであらためて活動報告および作品を掲載します。

東京タワー
東京タワーからお台場を望む

 Kammyとよこちんとの二人でスタートすることになった『とのみ倶楽部』第一回撮影会。
 朝8時過ぎにレンタカーで新宿スバル前を出発し、東京タワーに。

展望台で楽しく記念写真

 天気こそ悪かったが、ここまでは予定通り。しかしこの暗雲は、この後の多難の始まりを物語っていたことに二人とも気づかずにいたのだった。

 次に目指したのは、休憩場所の大黒PA。
 二人とも朝食がまだだったので、マクドナルドで朝食を食べた。
 そこを出発する時に、近所で火事が発生していることに気づいた。後にわかるのだが、これはニュースになるほどの大火事。
 一度は出発した二人だったが、火事が気になり引き返すことに。
 そのためにいったん首都高速を出るのだが、そこでドライバーのKammyが致命的なミスを。うっかり一時停止ラインを見落とし、まんまと待ち構えていた神奈川県警の御用となってしまう。これで罰金7000円に減点2。

やじうま

 まぁ、悔やんでもしかたないので、気を取り直してやじうまと化す。
 まさか記念すべき最初の撮影が火災現場になろうとは。

 警察のお世話になり、消防署の活躍を見て、妙なテンションが高まった二人は、いよいよこの日のメイン目的地の三浦半島南端へ。

海に掛かる橋
撮りつ撮られつ

 まず、横須賀市の荒崎の海岸。都会の喧騒を離れ、いよいよ本来の撮影。
 このあたりからKammyの愛機DiMAGE F100の調子が悪くなる。潮風を受けたためかもしれない。でもま、なんとか撮影は続行。
 足場の悪い岩場を不器用に歩きながら、心なしかはしゃぐ二人だった。

灯台

 テンションも最高潮となった二人は、小雨降る中、三浦半島最南端の三浦市の城ケ島へ。

勇姿

 ここでKammyは岸壁で撮影する夕陽バックのよこちんの勇姿(右の写真)を撮ろうと張り切るが、Kammyの方がDiMAGE F100もろとも高波をかぶってしまう。
 意外にもF100の被害はそれほどでもなく、とりあえずその後も動いてくれた。が、塩水を被ったことには変わりなく、のちのちの後遺症が不安だ。

うまいマグロ
夜の三崎港

 陽も暮れたため、撮影を切り上げて三崎港の寿司屋で晩飯としてマグロを食べた。値段はちょっと高かったが、さすがにうまい。
 店を出ると外は真っ暗になっており、午後6時前だというのに都会の夜に慣れた身には恐ろしく静かな港を予定より早くに発った。

 いくつかトラブルもあったが、第一回撮影会は概ね成功に終わったのだった。

2002年11 月23日 (土曜日)

トラブル

 世間的には勤労感謝の日の今日、延び延びとなっていた『とのみ倶楽部』が発足、待ちに待った第一回撮影会をついに開催した。なお、先日まで『とのみ写真倶楽部』としていた写真サークルは『とのみ倶楽部』(英名:Tonomi Club)を正式名称として決定しました。
 そんな今日は、実に実に多難な一日だった。
 おまけにTonomi Jetty Park<http://www.tonomi.jp/>でも、バグ発覚というトラブルがあり、その修正で一日を終えた。
 それらの疲労と心労とで、今日はもう、この忘れられない一日の報告をする余力が残っていない。
 詳細は明日あらためて。
 記念日とは区切りの日付ではなく、その内容によって記憶に留められる日であるべきだ。今日はまさにそんな忘れることのできない一日だった。

2002年11 月22日 (金曜日)

余韻

 二つの懸案事項が解決した。

 気分が良いので、映画でも観ようと歌舞伎町で『チェンジング・レーン』を観た。
 後半の展開は噂から勝手に想像してたのと違っていたが、いい意味で裏切られた。ありがちな勧善懲悪ハリウッド映画だろうと思っていたので、意外に心地いい余韻。
 あとで知ったが『ノッティングヒルの恋人』<http://www.tonomi.jp/kammyhills/cinema/foreign.film/notting_hill/>と同じ監督(ロジャー・ミッチェル)なのね。うーん、なるほどねぇ。この監督はちょっと要注目。今でもほどほどのクリーンヒットを飛ばしてるけど、そのうちホームランをかっ飛ばしそう。

2002年11 月21日 (木曜日)

展望

よこちん

 とうとう今日、清算が終わった。
 珍しくあっという間に肩の荷が下りたので、よこちんに連絡をとって、夕食を一緒に食べた。つうか、飲んだ。
 で、あさってに迫った『とのみ写真倶楽部』の発足日の計画を練った。
 それで以下のように決定。時間は話し合いをもとにし、後になってKammy独自に考えた暫定計画。

  8:00 Kammyがレンタカーのピックアップ。
  8:15 新宿スバルビル前集合・出発。
  8:45 東京タワー周辺での撮影。
  9:00 展望台のオープン時間に合わせて、展望台に登る。
  9:30 関東平野を一望しながら『とのみ写真倶楽部』発足記念写真の撮影。
 10:00 東京タワーをあとにし、芝公園ICより首都高速へ。
     レインボーブリッジを渡り、高速湾岸線を南へ。
 10:30 鶴見つばさ橋を渡り、大黒PAで休憩。
     休憩後、横浜ベイブリッジを通過。
 11:00 本牧JCT、釜利谷JCTを通過し、横浜横須賀道路へ。
 11:30 衣笠ICより三浦縦貫道路へ。三浦半島をさらに南下。
 12:00 目的地三浦港に到着・昼食。
     日暮れまで気ままに三浦半島を移動しながら撮影。
 19:00 帰路に就く。
     よきところにて夕食。
 23:00 新宿 or よこちんち前解散。
 ※雨天決行。

 てな感じ。関係各位、こういうことでどうでしょう?

2002年11 月18日 (月曜日)

次の仕事

 昨日、次の仕事は決まっていないと書いたばかりだったが、どうも次の仕事が決まりそう。精算をやってる合間に問い合わせ電話が来た。時期的に考えて今年最後の仕事。
 問い合わせされただけなので本決まりではないが、もし決定したら、東北秋田、北海道函館が舞台らしい。11月の金沢でヒイヒイ言っていたのに、真冬の北国は想像を絶する。小雪ちらつく現場はこれまでにもあったが、積雪した銀世界での撮影は初体験。期待もあるが不安もいっぱい。

2002年11 月17日 (日曜日)

クランク・アップ

メイク直し中
カメアシ

 おとといの15日に、いろいろ大変だった今回の作品もクランクアップした。
 今回は常にスケジュールが過密な上、天候にも悩まされ、予算的にも破綻した最悪の状況。おまけに部下には逃げられたし。
 最後の二日間の都内ロケでは、これまでに発注したことのない最安値のロケ弁当を用意し、お茶は別に安売りの酒屋で一缶45円の箱売りを購入した。途中から弁当代に手を付けてまで経費削減を強いるようなこんな事態は、ベテラン上司も初めてだと言っていた。ついでに進行に逃げられたのも今回が初めてだったそうだ。

 昨日制作車のバラシのあと、身内スタッフが4人だけ集まっての、ささやかながらの打ち上げ。職安通り沿いの安い焼肉屋で飲んだ。
 いったんは解散したあと、うちが近所のチーフADさんとさらにもう一軒、高円寺駅そばの飲み屋で飲んだ。
 このメンバーでの仕事は今回で3作品目だが、まだまだ未熟なKammyをけっこうかわいがってくださっているのでありがたい。

 今日から精算を始めた。あと1日2日で完全に今回の仕事が終わる。
 次の仕事の予定はない。

2002年11 月13日 (水曜日)

懐かしのゲームたち

 携帯電話をJ-SA51に買い換えて、写メールできるようになったのに加えて、JAVAアプリも楽しむことができるようになった。
 それほど期待はしていなかったが、ものは試しということでゲームをいくつかダウンロードしてみた。
 いやぁ、驚いた。画面こそ小さいが、まさか持ち歩きできるこんな小さな媒体で『グラディウス』を楽しめる日が来ようとは、かれこれ10年以上前に“MSX”という8ビットパソコンを14インチテレビに繋いでハマっていた頃には、予想だにしていなかった。
 考えてみれば、当時は64Kバイト(注・「Mバイト」ではない)のメモリーを積んでいても、大容量メモリー搭載パソコンと呼ばれて、互換性の問題で、32Kバイト程度の狭いメモリーをやりくりしながら多様なゲームが開発されていたのだから、50Kバイトとか100Kバイトのメモリーを使える今どきの携帯電話のJAVAアプリなら、当時のゲームのほとんどは移植できてしまうということなのだろう。
 ちなみに当時『グラディウス』が移植されたMSX(初代)は、色数は16色、音も3和音だったように記憶している。画面が狭いことを除いては、すべてにおいて今どきの携帯電話の方が上を行っていると言っていいだろう。
 『グラディウス』という、当時を知る者にはメジャーなゲーム以外にも、『王家の谷』やら『けきょく南極大冒険』といったMSX用に開発されたマイナーなゲームも名を連ねて移植されているのがまた嬉しい。
 こういったタイトルを並べると、わかる人ならわかるように、Kammyは偏狭的なコナミファンだった。そんなKammyの要望として、コナミさんには、ぜひとも名作『スナッチャー』と『魔城伝説』シリーズを移植してほしい。メジャーどころならドラキュラ城、五右衛門、イーアールカンフーなんてのもあったが、Kammyにとってこの2作が忘れられない。
 『スナッチャー』は後に出たRPG版の『SDスナッチャー』ではなく、ぜひ元祖版を。そのまま映画化できそうな重厚なシナリオはやっぱり、デフォルメされていないリアルなグラフィックのほうが絶対ふさわしい。
 『魔城伝説』はアクション、RPG、アドベンチャーと形を変えながら続いた知る人ぞ知る快作シリーズ。3作目で完結編のアドベンチャー版『シャローム』では趣が変わったが、それでもクライマックスでパート1のBGMが流れ始めたときには、長年にわたるシリーズの完結編として身震いを覚えた。
 この2作(シリーズ)に共通しているのは、涙なしにはプレイできないそのクライマックス。『グラディウス』のようなシューティングゲームや、アクションゲームに定評のあるコナミだったが、Kammyにとってコナミの魅力は、ただ者でないシナリオの充実さだった。シリアスアドベンチャーゲームの『スナッチャー』はもちろん、とぼけた感じの『魔城伝説3~シャローム』で、涙涙のエンディングを迎えるとは、プレイ前には予想できなかった。まんまとしてやられた。
 嗚呼、懐かしい。

2002年11 月11日 (月曜日)

金沢ロケ

 昨日の夜遅くに金沢ロケから帰ってきた。とにかく悪天候で、おまけにハードスケジュールだった。

金沢ロケ/初日
金沢ロケ/荒れる日本海

 11月4日の移動日の初日から“ヒョウ”の降る幕開け。
 5日から始まった5日間の朝早くから夜遅くまで撮影で雨が降らなかったのは1日だけ。
 最終日の9日に至っては、暴風雨にヒョウも降る中、徹夜の撮影。撮影が終わった頃には夜明けで空が白んでいた。
 そんなだから、デジカメを持ち出して記念写真なんて撮ってる暇も気力もなく、そういう状況だからこそ、首からぶら下げた買い換えたばかりの写メール携帯が大活躍するはずだったのに、携帯にカメラが付いているのをすっかり忘れていた。

金沢ロケ/最終日

 金沢から東京に帰る昨日の移動日には、びっくりするぐらいの晴天だったのがうらめしい。

 しかしまだクランクアップではない。
 金沢での撮り残し分も含め、あと二日撮影が残っている。しかもまだロケ地が決まっていないところもある。
 でもって明日はロケハン。
 悪天候の金沢ロケは終わったが、ハードスケジュールはまだ終わっていない。

2002年11 月 2日 (土曜日)

逃避

 昨日、クランクイン四日目にして、部下が逃げた。
 人づてには、進行が逃げたという話も聞いたことがあったが、自分の職場では初めてだ。
 今回の作品は、少なくとも彼の立場ではそんなに大変な現場でもないはずだったのに、結局のところ経験不足。
 撮休の今日の夜になって連絡があったが、残念だが仕事とはそんなに甘くない。彼は失職。若い彼にとって、この仕事を続けることは難しいだろう。職場放棄をした、責任感の欠けた人間に仕事を与えてくれる人はいない。
 理由はどうあれ、Kammyはこの仕事を最後まで続けることが決定した。地方ロケにも同行する。
 明日、逃げた進行くんの代わりが来る。どんな子かはまだわからないが、未熟でもいい。投げ出さない責任感さえ持っていれば。

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